田舎暮らし通信 『むらまつ』

合唱人生

先日久しぶりに男声合唱をやった。
大学の合唱団時代の指揮者に何度も誘われて、断ってきたが断る理由を承知の上で熱心に誘ってくれるので躊躇しながら参加した。
小学校、中学校、高校、大学までずーっと合唱をやってきた。
会社時代は忙しくて合唱どころではなかったが、茨城に住んだとき地元の「合唱団取手」で数年歌った。
定年を迎え、今の自宅に引っ越してからは近くの「新津混声合唱団」で歌い、さらに300人の「新潟第九合唱団」で年末に5年ほど「第九」を歌った。
その間、1年ほど単身で埼玉県草加市に住んだとき「草加混声合唱団」で歌った。
206年の暮れに帯状疱疹にかかり治療が遅れたため後遺症の三叉神経痛を発症、その治療で左喉の星状神経根に70回ほど麻酔のブロック注射をやったが殆んど効果なく現在も完治せず痛みが続いている(現在医学会では治療法はなく痛みを和らげる治療しかないと言われている)
そのせいかどうかはわからないが「左反回神経麻痺」といわれ、左の声帯がうごかなくなった。
長く話すと声が枯れる、歌を歌うと声が枯れる、音程が狂う等の障害が出て残念ながら歌は一切やめた。
躊躇したのはそのためだが、指揮者曰く「訓練すれば最初はダメでも絶対声は出るようになる」との強い勧めで歌ってみた。
最初はみごとに声がガサガサになり、とても歌えるものではなかった。
今回で4回目になるが、少しづつ声が出せるようになってきたが音程に自信がない。
声帯は筋肉だから鍛えれば絶対出ると指揮者はいう。
しかも指揮者が気心の知れた人だけを選んで誘ったという12人(現在)なので気は楽だ。
それならば鍛えついでに「第九」も歌ってみようか、300人もいるのだから一人くらい声がでなくてもわからないだろうという良からぬ目論見で「新潟第九合唱団」に申し込みをした。
「新津混声合唱団」をやめてほかの合唱団に入るのはちょっと後ろめたい気もするが、
新津混声には録音をしたりCDを作ったりその他で今でもお手伝いはしているし男声合唱団だから良いだろうと思い、団長には一応話した。
たまにはafterで懇親会もあるし、何といっても仲間とハモるのは本当に楽しい。
そんなわけでまたみんなに迷惑をかけながら合唱を続けることになりそうだ。

ドライボーン
  1. 2012/08/21(火) 20:01:12|
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